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名古屋高等裁判所 昭和30年(う)71号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役弐年に処する。

原審における未決勾留日数中七拾日を右本刑に算入する。

原審並に当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は被告人及弁護人伊藤武一名義の各控訴趣意書に記載されている通りであるから、ここに之を引用するが之に対する当裁判所の判断は次の通りである。

弁護人伊藤武一の控訴趣意一訴因変更の点について。

本件記録を精査すると検察官は初め起訴状において被告人の行為を脅迫罪としての訴因、罰条により公訴を提起し、その後右訴因、罰条を殺人未遂罪に訂正の申立を為し、受訴裁判所たる一人の裁判官は右訴因の訂正申立を許可し、原審も亦この訴因及罰条の下に審理を進め、殺人未遂罪として処断していること及び脅迫罪と殺人罪とは罪質を異にすることは所論の通りであるが、公訴事実が同一である為には、被告人が同一でありかつ基本的事実関係が同一であれば足り、必ずしも罪質が同一であることを要するものではないと解すべきである。即ち、行為の法律的価値判断の内容が変つても、判断の対象たる起訴状に特定された事実が基本的に同一であれば、公訴事実は同一であり固より訴因罰条の変更は許さるべきものと解すべきである。而して本件起訴状記載の訴因は、その記載の日時場所において被告人が被害者たる望月利雄に対し殺してやると叫び乍ら刃広を振上げ同人を脅迫したと謂うにあり、之に対し原判決認定の事実は、右訴因記載の通りの日時場所において右望月に対し死に至ることあるを知り乍ら前記刃広(証第一号)を振上げたが、被害者が間髪を容れず飛退き云々殺害の目的を遂げなかつたと謂うにあり、結局両者の相違は犯意の点にあるのみで行為の内容日時場所が全く同一であることが明かであるから、訴因の変更が許されることは云う迄もない。従つて此の点に関する論旨は理由がない。

同弁護人の控訴趣意二及被告人の控訴趣意中各事実誤認の点について。

記録を精査し原判決挙示の各証拠特に原審証人望月利雄、同織田岳男の各供述調書の内容を具さに検討し、更に当審における証拠調の結果就中証人望月利雄、同松島武雄、同織田岳男に対する証人尋問調書の各記載を参酌すると原判示の通り被告人にはいわゆる未必の殺意があつたことを認めるに十分である。原判決には各所論の如き証拠によらずして殺意を認定した違法はないからこの点に関する論旨も採用することができない。

同弁護人の控訴趣意三訴訟手続違背の点について。

記録を調査するに、本件につき、検察官は、初め起訴状において脅迫罪の訴因罰条により公訴を提起し、その後昭和二十九年九月十六日訴因罰条を殺人未遂罪に変更の請求を為したが、それまでは受訴裁判所たる岐阜地方裁判所高山支部の一人の裁判官が訴訟手続を遂行し、右訴因変更の申立により、右一人の裁判官は右訴因罰条の変更を許可する旨決定し、同年十一月八日同支部合議体において公判期日を開き、裁判所の構成がかわつたとの理由で公判手続を更新する旨決定し、爾後同合議体において審判していることが明白である。斯くの如く検察官が、初め脅迫罪の訴因罰条を以て公訴を提起し、その後その訴因罰条を殺人未遂罪に変更の申立を為した場合に、受訴裁判所が公訴事実の同一性を認め、右の如き訴因罰条の変更の申立を理由ありと認めて之を許可するときは、当然事件の事物管轄を異にし法律上合議体において審判しなければならないのであるから、斯かる訴因罰条の変更の申立があつた場合には、その一人の裁判官は須らく事件を所轄地方裁判所の合議体に移送し、移送を受けた合議体が右訴因罰条の変更の申立の当否につき判断しその理由があると認めた場合は、訴因罰条変更の申立を許可し、自ら受訴裁判所として同事件につき審判するを相当とするものと解すべきである。然るに記録によれば、本件につき最初脅迫罪として公訴を受理した前記一人の裁判官は、同事件につき審理を進め証拠調を遂行し、検察官の殺人未遂の訴因変更の申立を受けるや合議体に移送することなく、自ら右訴因罰条の変更の申立を許可する決定をなした上、合議体において公判期日を開き裁判所の構成が変つたから、公判手続を更新する旨決定を為し、合議体において審判を進めたのは明らかに訴訟手続の違背があるものと謂わなければならない。併し乍ら、前記控訴趣意第一点において説明した通り、本件訴因の変更は実質的には相当と認められ、又結局は合議体において審判しているのみならず、証拠の証拠能力は管轄違の理由によつてはその効力を害するものでないことは明白であるから、原審が一人の裁判官において脅迫罪として取調べた証拠を、原審において適式に取調べた上、殺人未遂罪を認定処断している以上、結局前叙の如き訴訟手続の違背は治癒されたものと解すべきであるから、結局この論旨も亦その理由がない。

同弁護人控訴趣意四及被告人控訴趣意中各量刑不当の論旨について。

記録を精査し原裁判所が取調べた証拠の内容を仔細に検討し、更に当審において取調べた証拠の内容を合せ考えてみると被告人は平素より勤勉努力の念薄く、飲酒に耽り粗暴の振舞多くその経歴前科その他諸般の情状に鑑みれば、原審が被告人を懲役三年六月に処した量刑の措置は一応首肯することができるが、飜つて本件犯行は被害者が被告人の攻撃に対し臨機防衛の措置を執り逸早くその場から避難したため幸にして被害者に何等の実害がなかつた点、被告人の家庭の状況、その他所論の各事情を斟酌すれば、検察官の被告人に対する求刑懲役二年の刑より重く原審の如く懲役三年六月の刑を科す程の情状は認められないので結局原告の量刑は重きに過ぐるものと認められるから、この論旨は理由があり、原判決はこの点において破棄を免かれない。

よつて刑事訴訟法第三百八十一条、第三百九十七条により原判決を破棄するが、本件は原裁判所が当裁判所に於て取調べた証拠により裁判所に於て直に判決するに適するものと認めるから、同法第四百条但書により当裁判所において判決する。

当裁判所において認めた罪となるべき事実及其の証拠は証拠の部に左記証拠を加える外は原判決と同一であるから茲に之を引用する。

追加する証拠≪省略≫

法律に照すと 被告人の判示所為は刑法第二百三条、第百九十九条に該当するから所定刑中有期懲役刑を選択し、尚本件は未遂犯であるから刑法第四十三条、第六十八条第三号により未遂減軽を為した刑期の範囲内に於て被告人を懲役二年に処し、同法第二十一条を適用し原審における未決勾留日数中七十日を右本刑に算入し、原審並に当審における訴訟費用は刑事訴訟法第百八十一条第一項本文に従つて全部被告人に負担させることとする。

よつて主文の通り判決する。

(裁判長判事 小林登一 判事 栗田源蔵 石田恵一)

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